分かった気になるな。手近な哲学。考えるきっかけ。

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授の

若松英輔さんが書かれた本

「考える教室 大人のための哲学入門 NHK出版 学びの基本」を読みました。

 

 

プラトンが書いた「ソクラテスの弁明」。

デカルトの「方法序説」。

ハンナアーレントの「人間の条件」。

吉本隆明共同幻想論」。

 

これらをベースにシンプルでわかりやすい語り口で、哲学の世界へと僕を導いてくれました。

 

"現代人は往々にして、たった2、3行読んだだけで、哲学とは何たるかを分かろうとする。そしてあろうことか分かっていないのに、分かった気になっている。"

 

これはそうだなぁと思いました。

 

正直僕もなるべく時間をかけずに物事を理解しようとするし、多分この先もしてしまうと思う。

 

デカルトが構想に40年を費やしたと言われている「方法序説」を読んで理解したとしてもそれは思い込んでいるだけで、本当にデカルトが言いたいことは自分自身で40年考えてみないと分からないということです。

 

それはデカルト自身も考えていたことで、彼は自分の考えを他人に押し付ける姿勢は取らずに、世界にはこのような考え方があるんだよという一例として扱ってくれたらいいということも書いてありました。

 

 

なぜソクラテスが自分自身で著書を残さなかったのかというのもこれで説明がつきます。

 

本で得られる知識は間接的なものであるため、ソクラテスの本を読んだからといって、ソクラテスの伝えたかったことを100%読んだことにはならないので意味がないということです。

 

ソクラテスは"対話"を大事にし、死ぬ直前まで続けたというのですから、彼がみていたものは目に見えている物質的な世界ではなく、精神世界のいわば魂をどれだけ磨けるかということだったと思います。

 

ですから本に書かれていることを読んで理解しようとするだけではなく、本との対話を通じて考えるということが大事であると思いました。

 

ソクラテスの世界と自分の世界をかち合わせて、対話をさせ、そこから何が得られるか、それを求めるのが読者の醍醐味の一つであるということを学びました。

 

本との対話という概念が新しかったね。

 

 

よく生きる。これが哲学のテーマの一つになっています。

 

ただそれは先人の本を読んだだけでは考えたことにはならず、自分もそれと同じだけの歳月をかけ、考え続けることに意味があって、必ずしも答えを出すということは、さほど重要なことではなかったりするのです。

 

先人の知恵に学べとはいいますが、彼らの教えをそのまま取り入れるのではなく、時間をかけて、彼らの考えと寄り添い、対話をして初めてスタートラインに立ったと言えるのだと思いました。

 

僕はまだスタートする準備すらできていなかったのだあと本書を通じて思いました。